はじめに 「物価3%上がってるらしいけど、もっと上がってない?」問題
2026年の今、日本経済はずっと続いてきた「デフレの国」からようやく抜け出して、「インフレが当たり前」の世界に足を踏み入れつつあります。ニュースでは「消費者物価指数(CPI)が3%程度の上昇」なんて言われていますが、正直、この「3%」って数字だけ聞いても、ピンとこないですよね。
スーパーで米を買おうとしたら値札を二度見するし、コーヒー豆のパッケージはいつの間にか小さくなってるし、コンビニのおにぎりは気づけば200円に迫ってる。「3%どころじゃなくない?」というのが多くの人の本音ではないでしょうか。
実はその感覚、間違っていません。「3%」というのはあくまで全体の平均値であって、その裏側には60%以上値上がりしたものもあれば、50%以上値下がりしたものもある。このモザイク状の値動きの全体像を、今回は徹底的に掘り下げていきます。
そもそも「3%」って本当なの? 数字を確認してみる
まず、ざっくり事実を押さえましょう。
2025年(令和7年)の全国消費者物価指数の年平均は、前年比で+3.2%でした。バブル崩壊以降の日本で見ると、これはかなり高い水準です。みなさんの「物価が高い」という肌感覚は、まさにこの数字に裏付けられています。
ところが、2025年12月の単月データだけ見ると、総合指数は前年同月比+2.1%にまで縮んでいます。「あれ、落ち着いてきたのかな?」と思いたいところですが、ここにはカラクリがあります。政府の電気・ガス補助金が数字を押し下げていたり、暖冬で野菜が豊作になって値崩れしていたり——つまり、一時的・政策的な要因で見かけ上おとなしくなっているだけ。食料やサービスの分野では依然として3%超え、品目によっては10%〜60%超という、とんでもない上がり方を続けているのが実態です。
食料品 インフレの"主犯格"はここにいる
「3%インフレ」の中で、最も家計に響いていて、体感的にも「高い!」と感じやすいのが食料品です。2025年の年平均で食料全体の物価上昇率は+6.8%。総合指数の倍以上のスピードで値上がりしていることになります。円安、気候変動、人件費アップ——これらが三重苦のように重なった結果です。
コメ:2025年最大の衝撃
2025年の物価上昇を語る上で絶対に外せないのが「コメ」です。
うるち米(コシヒカリを除くブレンド米や業務用米など)の年平均上昇率は、なんと+67.2%。統計史上ほとんど例を見ない数字です。5kgで2,000円くらいだった米が3,000円を超えている——スーパーで目撃したあの衝撃は、ちゃんとデータが裏付けてくれています。
原因は「パーフェクトストーム」としか言いようがありません。2024年夏の猛暑で米の品質が落ち(白未熟粒が増えた)、収穫量も減少。そこにインバウンド需要の増加と肥料価格の高騰が重なりました。コシヒカリも同様に20〜40%台の上昇を見せています。12月時点でも+34.3%と、年末になっても高止まりしたままでした。
この米価高騰だけで、CPI総合指数を0.30ポイントも押し上げています。つまり、米だけで全体のインフレを約1割分も説明できてしまうんです。
パン・麺類も巻き込まれている
食パン、菓子パン、うどん、ラーメン、パスタ——これらも無傷ではいられません。輸入小麦の政府売渡価格自体は落ち着きを見せていましたが、焼成にかかる電気代やガス代、包装資材、物流費が上がっているので、最終的な価格は上昇しています。カップ麺や即席麺も、小麦だけでなくパーム油(揚げ油)やプラスチック容器の値上がりが効いて、断続的な値上げが続きました。
チョコ・コーヒー 嗜好品が"ぜいたく品"になりつつある
チョコレート:カカオショックの衝撃
チョコレートの2025年平均上昇率は+35.7%。12月時点でも+25.8%です。
背景にあるのが「カカオショック」と呼ばれる現象。カカオ豆の主要産地である西アフリカ(コートジボワール、ガーナ)で天候不順と病害が重なり、国際相場が過去最高値を更新し続けました。そこに円安が追い打ちをかけ、製菓メーカーは値上げと内容量削減(いわゆる"ステルス値上げ"ですね)を余儀なくされています。板チョコ、チョコ菓子、チョコ系アイス、洋菓子——チョコレートが入っているもの全般が影響を受けました。
菓子類全体でも+8.9%。スナック菓子はジャガイモの不作や油の値上がり、キャンディやクッキーも軒並み上がっています。
コーヒー豆 ほぼ5割増し
もうひとつの"主犯"がコーヒー豆です。年平均で+39.8%、12月時点ではさらに加速して+47.8%。ほぼ5割増しです。
ブラジルやベトナムでの不作に加え、円安が直撃。特にインスタントコーヒー向けのロブスタ種の供給不足が深刻で、この異常な数字につながっています。インスタントコーヒー、レギュラーコーヒー粉、缶コーヒー、コンビニのカウンターコーヒー——毎日飲む人にとっては、じわじわとかなりの負担増になっています。
飲料全体でも+8.0%。オレンジジュースは濃縮還元果汁の世界的な不足で値上がりし、炭酸飲料もペットボトル容器代と物流費の転嫁で上昇しています。
生鮮食品 暴騰と暴落が同居する世界
生鮮食品は天候に左右されるため、月ごとの振れ幅が激しいのが特徴です。2025年末にかけては、魚介の高騰と野菜の暴落という真逆の動きが同時に起きていました。
魚介類 海の幸がどんどん遠くなる
生鮮魚介は12月時点で+8.3%。中でもぶり(鰤)は+16.9%と突出しています。海水温の変化による漁獲量の減少、漁船の燃料費高騰、養殖用飼料の値上がりが重なっています。サケ、マグロ、イカなども、世界的な魚食需要の増加と円安による「買い負け」で上昇基調が続いています。
肉・卵 「物価の優等生」は過去の話
鶏肉は12月時点で+9.5%。牛肉や豚肉より安い代替タンパク源として需要が集中した結果、価格が上がるというやや皮肉な展開です。豚肉(国産)も年平均で+5.3%。
そして鶏卵。かつて「物価の優等生」と呼ばれた卵は、12月時点で+12.6%。鳥インフルエンザの影響からの回復途上にありつつも、飼料代と光熱費の上昇がしっかり価格に乗っかっています。もう「優等生」とは呼べなくなりました。
野菜 唯一の"救い"? でも一時的かも
一方で、生鮮野菜は12月時点で-7.1%。中でもキャベツは-54.7%と、まさに暴落です。2025年秋以降、天候に恵まれて葉物野菜が豊作になった結果で、これだけでCPI総合指数を0.20ポイントも押し下げました。
ただし、これはあくまで季節要因。年平均で見ると、例えばネギは+13.1%とプラス圏で推移していた品目も多く、「野菜が安くなった」と安心できるのは一時的な話です。
おにぎり・外食 「手軽なご飯」が手軽じゃなくなった
おにぎり:米価高騰の直撃弾
コンビニやスーパーのおにぎりは、年平均で+15.8%、12月でも+13.1%。考えてみれば当然で、主原料のコメが+67%も上がっているわけですから。そこに製造ラインの光熱費、配送費、包装フィルム代の上昇が加わり、かつて100円台前半だった商品が150〜200円台にシフトしています。弁当や惣菜も、食用油や容器代の高騰で軒並み値上がりしています。
外食:値上げと値下げの二極化
回転寿司は12月時点で+7.7%。ネタの魚介類もシャリの米もどちらも高騰しているわけですから、ダブルパンチです。外食全体では年平均+4.0%で、ハンバーガー、牛丼、喫茶代、果ては学校給食まで値上がりしています。人件費比率が高い業態ほど、賃上げ原資確保のための値上げが目立ちます。
ただし面白いことに、2026年2月にはガストやスガキヤが一部メニューの値下げや半額キャンペーンを打ち出す動きも出てきています。消費者の節約疲れに対応した「価格競争」が、再び始まりつつある兆しかもしれません。
電気・ガス・住居費 補助金で見えなくなっている"本当のコスト"
エネルギー価格:数字のマジックに要注意
電気代の2025年平均は+5.3%。ところが12月単月では-2.3%に転じています。「下がったの?」と思いきや、これは政府が冬に向けて補助金を再開・拡充した結果。補助金がなければ大幅なプラスだったはずで、いわば「見かけ上の低下」です。
都市ガス代も12月時点で-3.9%ですが、これもLNG価格と補助金のおかげ。一方、プロパンガスは自由料金なので配送コスト(人件費・ガソリン代)がそのまま乗っかり、+1.0%とプラス圏です。都市ガスが来ていない地方ほど負担感が大きい構造になっています。
灯油は+4.6%で、寒冷地の家計には痛い。ガソリンは-7.1%と、原油相場の一服感と補助金効果で抑えられており、車を持っている世帯のインフレ体感を少し和らげている格好です。
住宅まわり:じわじわ来る"隠れた値上がり"
持ち家の方にとって見過ごせないのが、火災・地震保険料の上昇です。年平均で+5.9%。近年の台風、豪雨、雹災の激甚化を受けて、損害保険各社が保険料率を全国的に引き上げています。契約更新のタイミングで「えっ、こんなに上がったの?」と驚く方も多いはず。
住宅リフォーム費用やエアコン設置工事費、給湯器交換費用なども+3.6%。建材の値上がりに加え、建設業の「2024年問題」(残業規制)以降の人手不足で労務費が上がっているのが背景です。
家具・家電・衣料品 買い替えのたびに「高くなったな…」
家電:微増だけど油断禁物
家庭用耐久財(冷蔵庫、洗濯機、エアコン、掃除機など)は12月時点で+0.4%と、ほぼ横ばい。半導体不足が解消して供給は安定しましたが、部材コスト増と高機能化で単価自体は上がっています。ただ、需要が一段落しているので、価格転嫁のペースは鈍化しているという状況です。
洗剤やトイレットペーパー、ティッシュ、ラップといった日用消耗品は、パルプや石油化学原料(ナフサ由来)を使うので、原油価格と為替の影響をモロに受けます。容量が減る「シュリンクフレーション」が地味に、でも確実に進んでいます。
衣料品:素材も縫製も値上がり
被服及び履物全体は12月時点で+2.0%。シャツ、セーター、下着、子供服、靴——幅広く上がっています。綿花や合成繊維(ポリエステルなど)の輸入コスト増に加え、生産拠点の東南アジア(ベトナム、バングラデシュなど)の人件費も上昇。円安による調達コスト増も効いています。
ユニクロのような大手アパレルも、定番商品の値上げや高付加価値化で単価アップを進めています。2026年1月からは、女性用カーディガンや子供用肌着など一部品目でCPIの計算方法が見直され、より実態に近い価格が反映されるようになりました。
サービス価格 インフレが"居座る"理由はここにある
モノの値上がりがいずれ落ち着いたとしても、インフレ率が3%近くで粘り続ける本当の理由——それがサービス価格の上昇です。ここは賃金上昇と直結していて、日本経済が構造的に変わりつつあることを示すシグナルでもあります。
携帯電話料金:長かった"官製値下げ"の終わり
かつて菅政権時代に携帯料金の引き下げが行われ、CPIを押し下げる効果がしばらく続いていました。しかし2025年、ついにその効果が剥落。携帯電話通信料は年平均で+8.7%、12月には+10.7%と、むしろ大幅な上昇要因に転じました。
大手キャリアによる格安プランのキャンペーン終了、データ使用量増加に伴う上位プランへの移行、一部プランの実質値上げ——「値下げの時代」は終わり、収益重視の時代に入ったことが統計にはっきり表れています。
宿泊料:インバウンドが押し上げる「泊まるコスト」
ホテルや旅館の宿泊料は年平均で+6.8%、12月には+7.8%。訪日外国人の激増で、東京、京都、大阪などの都市部や観光地のホテル稼働率が高止まりしています。ダイナミックプライシング(変動料金制)が普及したことで、需給が逼迫すると価格が跳ね上がる仕組みがすっかり定着しました。清掃スタッフなどの人手不足で人件費も上がっており、国内旅行がどんどん"ぜいたく"になりつつあります。
映画、テーマパーク、スポーツ観戦なども+2.3%。ディズニーランドやUSJの入場料引き上げは象徴的ですね。タクシー運賃も運転手不足解消のための賃上げ目的で各地で改定が進んでいます。
数字で見る全体像 「高騰品目」と「下落品目」
ここまでの話を整理すると、こんな構図が見えてきます。
3%を大幅に超えている「高騰品目」
| 品目 | 上昇率(2025年平均) | 上昇率(12月) | 主な要因 |
|---|---|---|---|
| うるち米(コシヒカリ除く) | +67.2% | +34.3% | 猛暑不作・供給不足・肥料高 |
| コーヒー豆 | +39.8% | +47.8% | 産地不作・円安・世界需要増 |
| チョコレート | +35.7% | +25.8% | カカオショック |
| 穀類全体 | +21.9% | +14.7% | 小麦・米価高騰の波及 |
| ぶり(鰤) | — | +16.9% | 漁獲減・燃料費・飼料代 |
| おにぎり | +15.8% | +13.1% | 米価高騰・人件費増 |
| ねぎ | +13.1% | — | 天候不順 |
| 鶏卵 | — | +12.6% | 飼料高止まり・鳥インフル余波 |
| 携帯電話通信料 | +8.7% | +10.7% | プラン見直し・割引終了 |
| 鶏肉 | — | +9.5% | 代替需要・飼料コスト |
| 宿泊料 | +6.8% | +7.8% | インバウンド・人手不足 |
| すし(外食) | +6.4% | +7.7% | 魚介・米・人件費のトリプル高 |
| 火災・地震保険料 | +5.9% | +3.5% | 自然災害リスク |
| 豚肉(国産) | +5.3% | — | 飼料コスト増 |
| 電気代 | +5.3% | -2.3% | 年平均は上昇、12月は補助金でマイナス |
全体を押し下げている「下落品目」
| 品目 | 下落率(12月) | 要因 |
|---|---|---|
| 高校授業料(公立) | -94.1% | 就学支援金制度の拡充 |
| キャベツ | -54.7% | 好天による豊作 |
| 生鮮野菜全体 | -7.1% | 葉物中心の供給過剰 |
| ガソリン | -7.1% | 補助金・原油相場の一服 |
| 都市ガス代 | -3.9% | 政府補助金 |
| 電気代(12月単月) | -2.3% | 政府補助金の再開 |
これからどうなる? 2026年の展望
「3%インフレ」の正体、まとめるとこうなる
日本の「3%」は、一律に全部が3%上がっているわけではありません。その中身は大きく3つの層に分かれています。
激痛レベル(+10%以上) のコメ、チョコレート、コーヒー、おにぎり、携帯電話料金、鶏卵。これらは購入頻度が高いので、体感インフレ率は3%よりずっと上になります。
じわじわ構造的に上がっている層(+3〜10%) の外食、宿泊料、保険料、加工食品全般。人件費や原材料費の構造的な上昇が背景にあり、簡単には下がりません。
政策や天候で人工的に抑えられている層(マイナス圏) の電気・ガス(補助金頼み)、野菜(天候次第)、教育費(無償化政策)。これらが平均値を「3%」に引き下げてくれていますが、補助金が終われば数字は跳ね上がります。
2026年の見通し
2026年1月の東京都区部速報値では、コアCPI上昇率が2.0%を下回る可能性も示唆されています。ただ、これはエネルギー価格のベース効果や特殊要因によるもので、基調的なインフレ圧力が消えたわけではありません。
サービス価格(つまり賃金)の上昇は続いていますし、コメ価格は2026年秋の収穫を待つ必要があります。生活実感としてのインフレは当面続くでしょう。一方で、外食チェーンの値下げキャンペーンのように、消費者の節約疲れに応える「価格競争」が再燃しつつある兆しも見え始めています。
おわりに
日本の「3%インフレ」は、統計上のひとつの数字に見えて、実はとんでもなくデコボコしたモザイク模様です。コメが67%上がり、キャベツが55%下がり、コーヒーが48%上がり、電気代は補助金で2%下がる。この「平均3%」の裏側にある一つひとつの品目を知ることで、初めて「自分の家計にとって本当のインフレ率は何%なのか」が見えてきます。
次回は、物価指数は単純平均ではなく、加重平均であるという話をします。