
第3章 AIに相談する前に、自分の問題を言葉にする
この章の問いはこうである。
生成AIが「相談できる道具」だとしても、私たちは何を、どのように相談すればよいのだろうか。曖昧な困りごとを、AIが扱える問いへと変えるには、どのように自分の問題を言葉にすればよいのか。
生成AIを使ってみて、「思ったほど役に立たなかった」と感じる人がいる。
一方で、「もうこれなしでは回らない」と感じる人もいる。
この差は、単にAIの性能差だけで生まれているわけではない。大きいのは、こちらが何を相談しているかである。
生成AIは、魔法の箱ではない。
どんな曖昧な気分も、一瞬で完璧に解決してくれるわけではない。
しかし逆に言えば、こちらが自分の困りごとを少しでも言葉にできれば、生成AIはかなり頼りになる。
ここで大切なのは、「うまいプロンプトを書くこと」だけではない。
それ以前に必要なのは、自分はいま何に困っているのかを、自分で少し見分けられるようになることだ。
人はしばしば、問題そのものより、問題の正体がわからないことに苦しむ。
忙しい。焦る。イライラする。回っていない。
そう感じてはいても、何が詰まりの中心なのかは見えていない。
だからAIに相談するときも、「なんか大変なんです」「どうしたらいいですか」という問いになりがちである。もちろん、そこから始めてもよい。だが、そこから一歩進んで、困りごとを少しずつ言葉にしていくことができれば、AIはもっと実用的な相手になる。
この章では、AIに相談する前に必要な「自分の問題の言葉にし方」を考えていく。
それは、AIを使いこなす技術であると同時に、自分の生活を見つめ直す技術でもある。
3-1 困りごとは、そのままでは相談できない
人は、自分の困りごとを最初から明確にわかっているとは限らない。
むしろ、多くの場合は逆である。
「何かがしんどい」「ずっと気になっている」「毎日うまく回っていない」――そんな感覚だけが先にある。
しかし、感覚はそのままでは相談になりにくい。
なぜなら、相談とは、少なくとも一度は「何が困りごとなのか」を切り出す行為だからである。
問題が完全に言語化されていなくてもよい。だが、少なくともどのあたりに詰まりがあるのか、どの場面で苦しいのかを見つける必要がある。
たとえば、「最近毎日疲れる」という悩みがあるとする。
これは本当によくある困りごとだが、このままではかなり広すぎる。疲れの原因が、睡眠不足なのか、仕事の量なのか、家族との調整なのか、迷いの多さなのかで、話はまったく変わってくる。
そこで必要なのは、困りごとをそのまま「解決」しようとすることではなく、まず相談できる大きさにすることである。
たとえば、こんなふうに言い換えられるかもしれない。
- 最近毎日疲れる
- 特に朝の支度の時間に疲れる
- 子どもの準備と自分の準備が重なると頭が真っ白になる
- 何から手をつければよいかわからなくなる
- 出発時間に遅れることへの焦りが強い
ここまで来ると、だいぶ相談しやすくなる。
困りごとの中心が、「人生全体の疲れ」ではなく、「朝の同時進行の多さと優先順位づけの難しさ」に近いことが見えてくるからである。
AIへの相談例
「最近毎日疲れています。特に朝がつらいです。
子どもの準備と自分の準備が重なると、何から手をつければよいかわからなくなります。
7時45分には家を出たいのですが、いつもぎりぎりです。
朝の何が負担の中心なのか整理し、改善できそうなポイントを3つ挙げてください。」
この問いは、完璧ではない。
しかし、「疲れる」という感覚を、「朝」「同時進行」「優先順位」「出発時刻」という具体的な文脈に落とし込んでいる。
それだけで、AIの返答はかなり実用的になる。
AIの返答をどう使うか
AIはおそらく、「前夜準備が不足している」「朝に判断する項目が多い」「子どもへの声かけのタイミングが分散している」といった形で整理してくれるだろう。この返答の価値は、答えが正しいかどうかよりも、困りごとの輪郭を外から見せてくれることにある。自分の感覚だけでは漠然としていたものが、「なるほど、私は時間不足そのものより、判断の多さに疲れていたのか」と見えてくることがある。
人間が最終判断すべき点
何が本当の負担なのか、どこを変えられて、どこは変えにくいのかは、結局は自分で見極めるしかない。AIは整理を助けるが、自分の生活の重心までは決めてくれない。
やってはいけない使い方
やってはいけないのは、曖昧なままの困りごとに対して、AIから出てきた一般論を「自分の問題の正体」だと早合点してしまうことだ。たとえば、AIが「前夜準備が大切です」と返したとしても、それが本当に中心原因とは限らない。もしかすると、睡眠不足や通勤の長さのほうが大きいかもしれない。AIの返答は診断ではなく、あくまで仮説である。
困りごとは、そのままでは相談できない。
だが、少しずつ切り出すことはできる。
「いつ」「どこで」「何に」「どう困るのか」を見つけるだけで、悩みは少し扱えるものになる。
生成AIはその先にいる。まず必要なのは、こちらが自分の困りごとに輪郭を与えることである。
3-2 問題を分解する技術
困りごとの輪郭が見えてきたら、次に必要なのは分解である。
人が行き詰まるのは、問題が大きいからだけではない。
複数の問題が絡み合って、一つの重たい塊になっているからである。
たとえば、「家計が不安だ」という悩みがあるとする。
これは重大で切実な問題だが、そのままでは広すぎる。収入の問題なのか、支出の問題なのか、固定費なのか、突発費なのか、教育費への不安なのかで、対応の仕方は変わる。
同じように、「仕事が回らない」という悩みも、
- タスクが多すぎるのか
- 優先順位が曖昧なのか
- 頼まれごとを断れないのか
- 集中時間が取れないのか
- そもそも何から始めるべきかわからないのか
で、必要な支援は違う。
問題を分解するとは、難しいことではない。
要するに、次のような問いを自分に向けることである。
- 何を決めたいのか
- どこで詰まっているのか
- 何が足りないのか
- 制約は何か
- 誰が関わるのか
- いつまでに何をしたいのか
この分解ができると、AIへの相談は一気に精度を増す。
たとえば、「仕事が回らない」をそのまま投げるのではなく、こう言い換えられる。
AIへの相談例
「仕事が回りません。
具体的には、
- 新しい案件の資料を読まなければならない
- 今日中にメール返信が5件ある
- 会議の準備も必要
- どれも中途半端で手が止まっています
いま困っているのは、仕事量そのものより、何から手をつけるべきか決められないことです。
この状況を分解し、最初の30分でやることを提案してください。」
ここでは、単に「忙しい」と言っているのではない。
自分がいま困っているのは、「仕事が多いこと」なのか、「優先順位がつけられないこと」なのかを分けている。
これが分解である。
AIの返答をどう使うか
AIは、「締切のあるもの」「認知負荷の高いもの」「短時間で終えられるもの」に分けて整理し、最初の30分の行動を提案してくるだろう。この返答は、忙しさを消すものではない。だが、忙しさの中身を分け、最初の一手を見えるようにする。分解された問題は、解決されていなくても、すでに少し軽い。
人間が最終判断すべき点
本当に優先すべきものは何か、相手との関係を考えてどこまで急ぐべきか、自分の集中力がいまどの程度残っているかは、自分で判断する必要がある。AIは構造を整えるが、責任ある優先順位づけそのものは人間の仕事である。
やってはいけない使い方
問題を分解する前に、AIに「全部なんとかして」と投げてしまうと、返ってくる答えもどうしても総花的になりやすい。また、分解したつもりで、実は感情と事実と希望が混ざったままになっていることもある。「絶対に今日全部終えなければならない」と思っていても、実際はそうではないかもしれない。分解とは、思い込みも含めて一度ほどく作業である。
問題は、小さくしたほうが扱いやすい。
そして、問題を小さくすることは、問題を軽く見ることではない。
むしろ逆である。大事だからこそ、手が届く単位にしなければならない。
生成AIが役に立つのは、問題そのものを消すからではない。
問題を分けて見せることができるからである。
だからこそ、こちらもまた、分ける技術を持っている必要がある。
3-3 良い問いは、良い生活の入口になる
「良い問い」というと、どこか難しそうに聞こえるかもしれない。
しかしここで言う良い問いとは、何も立派な問いのことではない。
それは、次の一歩につながる問いのことである。
良い問いは、必ずしも長くなくてよい。
洗練されている必要もない。
ただ、「何を決めたいのか」「何に困っているのか」「どんな条件があるのか」が少しでも入っていれば、それだけで問いは働き始める。
逆に、悪い問いというのは、AIにとって悪いというより、自分にとって役に立ちにくい問いである。
たとえば、「どうすれば人生がうまくいきますか」という問いは、哲学としては成立していても、今日の生活にはつながりにくい。
一方で、「今週は仕事と家庭が重なって余裕がありません。やることを減らす観点を3つください」という問いは、すぐに生活に接続する。
良い問いは、生活を前に進める。
なぜなら、人は問いを立てた時点で、すでに問題を少し見ているからである。
たとえば、こんな場面を考えてみる。
子どもの習い事が増え、親の送迎や夕方の時間が苦しくなっている。
「習い事を続けるべきかやめるべきか」と考えているが、家族の意見も揃わず、話し合いも堂々巡りになる。
このとき、いきなり「やめるべきですか」とAIに聞いても、あまり深い答えは返ってこない。
それよりも、こう聞いたほうがよい。
AIへの相談例
「子どもの習い事について家族で迷っています。
続ける価値は感じていますが、送迎の負担が大きく、夕方の生活が苦しくなっています。
この問題を感情論だけでなく整理して話し合うために、判断軸を5つ挙げてください。
できれば、子どもの成長、家族の負担、費用、時間、本人の意思を含めてください。」
ここでAIが返すのは、「続ける/やめる」の答えではなく、判断軸である。
つまり、問いを「結論」から「考えるための視点」へと変えている。
これが良い問いの力である。
AIの返答をどう使うか
AIの返答は、家族の話し合いの地図として使える。たとえば、「本人の意思はどうか」「送迎負担は一時的か恒常的か」「費用は家計にとって重いのか」「他の時間との兼ね合いはどうか」といった観点が出てきたら、それをもとに実際の話し合いを進められる。AIは結論を押しつけるのではなく、対話を整える道具になる。
人間が最終判断すべき点
何を大事にするかは、その家族が決めるべきことである。子どもの意思をどの程度重視するか、親の負担をどこまで引き受けるか、今だけ頑張るのか見直すのかは、価値判断の領域である。そこをAIに代わってもらうことはできない。
やってはいけない使い方
「AIが続けたほうがいいと言ったから」と、家族の話し合いを省略するのは避けるべきだ。AIは家族会議の代替ではない。良い問いを立てることは、結論をAIに委ねることではなく、人間同士がよりよく話せる状態を作ることでもある。
良い問いは、良い答えを生むだけではない。
良い問いは、良い観察を生む。
何を見ればよいかがわかる。
何を比べればよいかがわかる。
何を大切にしたいのかが見えてくる。
その意味で、良い問いとは、良い生活の入口である。
生成AIはその入口で非常に役に立つ。
だが入口を作るためには、こちらもまた、「何を問いにすべきか」を少しずつ学ばなければならない。
3-4 AIに伝えるべき「背景」と「配慮」
AIに相談するとき、多くの人が最初に省いてしまうものがある。
それが、背景と配慮である。
背景とは、その問題が置かれている文脈のことである。
誰が関わっているのか。
何がすでに決まっているのか。
どんな制約があるのか。
何を優先したいのか。
これがないと、AIは一般論しか返せない。
配慮とは、単に丁寧に頼むことではない。
誰に気を配る必要があるのか、どんな関係性があるのか、何を避けたいのかということである。
人間の生活の問題は、単独で存在することが少ない。
ほとんどの場合、誰かとの関係のなかで起きている。
だからAIに相談する際にも、「相手がいる」ということを含める必要がある。
たとえば、職場で、急な依頼を断らなければならない場面があるとする。
単に「断りのメールを書いてください」と頼めば、AIは丁寧な文面を作るだろう。
しかし、相手が上司なのか同僚なのか取引先なのかで、文面は変わる。
すでに一度引き受けかけているのか、完全に新規の依頼なのかでも違う。
忙しいことを伝えたいのか、優先順位の相談にしたいのかでも変わってくる。
だから、こう聞いたほうがよい。
AIへの相談例
「同じ部署の同僚から、今週中に資料の確認を手伝ってほしいと言われています。
関係は悪くしたくありませんが、私は今週締切が重なっており、引き受けると自分の業務に影響が出ます。
完全に断るのではなく、別の形で協力できる余地を残したいです。
角が立ちにくく、でも曖昧すぎない返信文のたたき台を2案作ってください。」
ここでは、単なる「断り文」ではなく、背景と配慮が含まれている。
相手との関係、こちらの事情、望んでいる着地点が明示されている。
これによって、AIの返答はかなり現実に近づく。
AIの返答をどう使うか
AIが返してきた文面は、そのまま送るためではなく、「どの程度の距離感が妥当か」を確認する材料として使うのがよい。たとえば、一案はやややわらかすぎる、もう一案は少し事務的すぎる、ならその中間を自分で作ればよい。背景と配慮を入れることで、AIは人間関係の機微に少し近づけるが、最後の手触りは自分で整える必要がある。
人間が最終判断すべき点
相手との力関係、過去のやり取り、その人がどんな言葉で傷つきやすいか、どこまで率直に言えるかは、自分で判断すべきことである。AIは関係の履歴を生きていない。
やってはいけない使い方
相手の個人情報や職場の機密情報をそのまま入力するのは避けるべきだ。名前、具体的案件名、社外秘の事情、健康情報などは、匿名化するか、ぼかして相談する必要がある。また、「角が立たない文面」をAIに任せきりにして、本当は自分が向き合うべき問題まで回避してしまうのも危うい。言葉を整えることと、責任を回避することは違う。
AIに背景と配慮を伝えるということは、単に情報量を増やすことではない。
それは、自分が何を守りたいのか、誰にどう気を配りたいのかを明らかにすることでもある。
つまり、AIに相談することが、そのまま自分の優先順位を確かめることにつながる。
背景のない問いには、背景のない答えしか返らない。
配慮のない問いには、配慮の浅い答えしか返らない。
だからこそ、相談の質は、こちらがどれだけ背景と配慮を持ち込めるかにかかっている。
3-5 プロンプト技術より先に必要なこと
生成AIの話になると、すぐに「プロンプト」が話題になる。
どんな言い回しをすればよいか。
どう書けば精度が上がるか。
箇条書きがよいのか、役割を指定するとよいのか。
もちろん、それらは役に立つ。
だが、本編で強調したいのは、その前に必要なものがあるということだ。
それは、問題設定である。
もっと言えば、
- 自分はいま何を決めたいのか
- 何を優先したいのか
- 何を避けたいのか
- どこまでできれば十分なのか
この輪郭がないままでは、どれほど巧みなプロンプトを書いても、答えはどこかずれてしまう。
人はしばしば、「うまく聞けないからAIが役に立たない」と思う。
しかし実際には、「自分でもまだ何を望んでいるのか定まっていない」ことのほうが多い。
これはAIの問題ではなく、人間の現実そのものの問題である。
たとえば、「旅行の計画を立てたい」と思っているとする。
だがその裏には、
- とにかく安くしたい
- 子どもが疲れにくいほうを優先したい
- 親も休めることを大事にしたい
- 観光より食事を楽しみたい
など、いくつもの価値基準がある。
これが自分でわかっていないと、AIがいくら候補を出しても、どこかしっくりこない。
だから必要なのは、プロンプトの上手さより先に、自分の判断のものさしを知ることである。
AIへの相談例
「家族旅行を考えていますが、行き先が決められません。
私たち家族にとって何を優先すると決めやすいのか整理したいです。
大人2人、小学生1人、未就学児1人で、親はできるだけ疲れたくありません。
予算、移動時間、子どもの楽しさ、親の休息、食事のしやすさの観点で、判断基準の作り方を提案してください。」
この問いは、いきなり「おすすめ旅行先」を求めていない。
まず、自分たちが何を基準に選ぶべきかを整理しようとしている。
これが問題設定である。
AIの返答をどう使うか
AIは、「まず絶対条件と希望条件を分ける」「予算と移動時間は上限を決める」「親の休息を軽視しない」などの整理を返すだろう。これを使って、自分たちの基準表を作ればよい。そうすれば、旅行先の比較もずっとしやすくなる。AIは候補を出す前に、選ぶためのものさしを整えてくれる。
人間が最終判断すべき点
何を最優先にするかは、その家族が決めるべきである。予算を重く見るのか、せっかくの機会だから体験を優先するのか、親の負担をどこまで受け入れるのかは、価値判断である。
やってはいけない使い方
プロンプトの形ばかりを気にして、自分が本当は何を求めているのかを置き去りにしてしまうのは本末転倒である。また、「AIが一番よい選択肢を出してくれるはずだ」と考えすぎると、選ぶ責任を手放したくなる。AIは選択を助けるが、価値判断を引き受けるわけではない。
上手なプロンプトより先に、よい問題設定がある。
よい問題設定とは、自分にとっての「ちょうどよさ」を知ろうとすることでもある。
完璧な答えではなく、いまの生活にとって無理のない答え。
この感覚がある人ほど、AIを使っても振り回されにくい。
3-6 AIと対話することは、自分を知ることでもある
ここまで、AIに相談するためには、自分の問題を言葉にすることが大切だと述べてきた。
だが実際には、そこで起きていることはそれだけではない。
AIに相談することは、同時に自分を知ることでもある。
なぜなら、何に困っているかを言葉にしようとすると、自分の癖や偏りや価値観が見えてくるからである。
自分はいつも「全部やらなければ」と思っているのかもしれない。
本当は断ってよい場面でも、断れない人なのかもしれない。
「忙しい」と感じているが、実は忙しさより、見通しのなさに弱いのかもしれない。
あるいは、他人の期待に応えようとしすぎて、自分の疲れを後回しにしているのかもしれない。
生成AIは、こうしたことを決めつけてくる存在ではない。
しかし、対話を通じて、こちらが繰り返し何を気にしているのかを映し出す鏡のようにはなりうる。
たとえば、夜になるといつも落ち着かず、「今日も何もできなかった」と感じる人がいるとする。
実際には仕事も家事もこなしているのに、達成感がない。
その場合、問題はタスク量だけではなく、自分が何をもって『できた』と感じるかの基準にあるかもしれない。
AIへの相談例
「夜になると、今日も何もできなかったと感じます。
でも実際には、仕事もして家事もしています。
私が何に引っかかっているのか整理したいです。
『できなかった感』が生まれる原因として考えられることを挙げ、
今夜それを確かめるための振り返りの問いを5つ作ってください。」
AIは、「理想が高すぎる」「完了より未完了に意識が向いている」「他人に見えない仕事を自分でも数えていない」などの仮説を返してくるかもしれない。そして、「今日終えたことを3つ挙げる」「自分しか気づいていない負担は何か」「本当に今日やる必要があったことは何か」といった問いも作ってくれるだろう。
AIの返答をどう使うか
ここでの使い方は、自己分析の材料として受け取ることだ。AIが言ったことを鵜呑みにするのではなく、「確かに私は、終わったことより残りを見てしまう」「いや、自分の場合は罪悪感のほうが大きい」と、自分の実感と照らし合わせる。その往復のなかで、自分の思考の癖が見えてくる。
人間が最終判断すべき点
自分の気持ちの意味づけ、何を大切にしたいか、どこまで変えたいかは、自分で決めることだ。また、心身の不調が深い場合には、AIとの対話だけで抱え込まず、信頼できる人や専門家につながる必要がある。
やってはいけない使い方
AIを唯一の相談相手にしてしまうのは危うい。特に、強い抑うつ、不安、自責、希死念慮のような状態では、AIだけで支えるには限界がある。また、AIの分析を「自分の本質」と決めつけるのも危険である。AIは鏡にはなれても、診断者ではない。
それでも、AIと対話することには意味がある。
なぜなら、人は言葉にしたときにはじめて、自分の中に何があるかを見られるからである。
誰かに話すほどではない。
まだ結論も出ていない。
でも頭の中で渦巻いている。
そういうものを、一度外に出してみる。
その最初の相手として、生成AIはかなり有効である。
自分の問題を言葉にすることは、AIを使うための準備であると同時に、
自分自身を少しずつ理解するための実践でもある。
この章のまとめ
生成AIに相談するときに本当に必要なのは、難しい呪文のようなプロンプトではない。
まず必要なのは、自分はいま何に困っているのかを、少しでも言葉にすることである。
困りごとは、そのままでは相談にならない。
だから、いつ・どこで・何に困るのかを切り出す。
問題を分解する。
何を決めたいのか、どこで詰まっているのか、何を優先したいのかを見つける。
背景と配慮を含める。
そして、自分の判断のものさしを少しずつ確かめていく。
この一連の作業は、AIをうまく使うためだけの技術ではない。
それは、生活を見つめ、整え、引き受けるための技術でもある。
生成AIは、こちらの代わりに生きない。
しかし、こちらが自分の問題を言葉にしようとするとき、その作業を支えてくれる。
問いを整え、選択肢を出し、見落としていた観点を返してくれる。
その意味で、AIとの対話は、問題解決の道具であると同時に、自己理解の補助線でもある。
次章からは、こうして言葉にできるようになった問題を、実際の生活の時間軸――朝、昼、夕方、夜――のなかでどう生成AIと扱っていけるかを見ていきたい。
問題は抽象的に存在しているのではない。
毎日の暮らしの具体的な場面のなかで立ち上がる。
だからこそ、生成AIもまた、暮らしの場面のなかで使われてはじめて、その力を持つのである。